東京カンソン Diary
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2011/11/05
テスト3
間違えてました。
posted at 2011/11/05 12:59:05
lastupdate at 2011/11/05 12:59:05
修正
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画像はどうだ?
posted at 2011/11/05 12:53:03
lastupdate at 2011/11/05 12:53:03
修正
comments (18) || trackback (0)
 
反映されるか?
あっ、携帯はスマホだからテストにならないか?

posted at 2011/11/05 12:49:42
lastupdate at 2011/11/05 12:49:42
修正
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2011/05/11
佐東龍一氏率いる和物ダンスパフォーマンス集団、躍動。
昨年当たりからお付き合いさせて頂いている。
現在台湾、韓国向けのパフォーマンス制作中。
躍動
リハーサルにおじゃま!
前日龍一氏にスタジオに来てもらって、声入れをし、完成した楽曲の振り付け確認。
相当激しい振り付けに、1曲踊ると全員ダウン。
メンバーのタカ氏「古川さん、踊りますか?振り教えますよっ!」

踊れるわけネェじゃん・・・
posted at 2011/05/12 22:17:47
lastupdate at 2011/05/12 22:17:47
修正
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2011/05/10
大崎ゲートシティ東京カンソン(プチカンソン)のメンバーでの東京ライブは久しぶり。大崎ゲートシティは実に2年ぶりになるらしい。ここのスタッフとは普段の飲み仲間でもあるから全然久しぶりな感じがしないのだが。
れいによって自粛ムードの流れでこの場所もイベントはずっとお休み状態。
支援コンサート活動のお知らせと母の日にちなんでということで、イベント再開のきっかけにYohcoさんを選んで頂いた。
何しろ東京でのライブが久しぶりなもんで、集まったカンソンスタッフも爆裂全開!
智之ファンのカメラスタッフ、Mikiちゃんが持ってきた大阪みやげ「面白い恋人」を受け取った智之は、
大崎ゲートシティそのステージの立ち姿とは真逆の
大崎ゲートシティ「面白い恋人!」
これが彼の本質!???
この写真載っけるのマズイ? 申告してくれたら削除します。
posted at 2011/05/10 6:22:06
lastupdate at 2011/05/10 6:34:02
修正
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2011/05/01
気仙沼大島
フェリーに乗って約30分で気仙沼大島。
27日にやっとカーフェリーが再開、それまでは小型のフェリーで人しか行き来ができなかった。
米軍がヘリコプターからカップラーメンを落下投入していた、人口2000人のあの「友達作戦」の島だ。
間際に品川の町づくり協議会の大竹さん(カレー屋の店主でもある)らが炊き出しに行くという情報を得て連絡。品川に携わる東京日野市のNPO「水と緑の環境ネットワークの会」(なんかややっこしいが)がボランティアを集め、大島支援チームを結成することを知る。

打ち合わせでは、代表の原さんと大竹さんの配慮から、演奏の前に他のボランティアに混ざり、同じ仕事をすることで我々が町民やボランティアと一体感を高めることを勧められる。なるほどだ。
船が島に近づくとそれまで救助隊がほとんど入ってないことがわかる光景が見えてくる。
人も足りなきゃ重機もない。まさにほったらかしの状態だ。
津波で船着き場ごと流された上、地盤沈下のせいで車の乗り降り場は盛り土でかろうじて作られている。
気仙沼大島
避難所の小学校で3人はカレーの炊き出しと瓦礫撤去に別れる。
自分は海岸での瓦礫撤去。安全長靴持ってきといてよかった。
日本海岸10選にも選ばれているこの海岸は、流された民家の材でいっぱいだ。今日1日でかたずくわけないのだが、これをふまえて今後の作戦が練られる。重機やダンプカー等リクエストは現実的だ。
お昼の炊き出し後に野外でコンサートなのだが、指示系統のまだない避難所の中には告知がされているのだろうか、自分で中に呼びかけに行く。
うつろな表情ながらも「聴きに行くからねぇ〜」と、数十人が集まってくれる。
やはりYohcoさんの歌とレパートリーはおじいちゃんおばあちゃんの心をつかむなぁ。
365マーチでは訳のわからないダンスで楽しんでくれていた。と思う。

品川の宿場町は震災後に福島県の郡山市と姉妹都市を結び、今後支援していくという。
大島の帰りに原さんと大竹さんは郡山に打ち合わせに向かった。
彼らとも長いつき合いになりそうだ。

「水と緑の環境ネットワークの会」のブログ
http://blog.canpan.info/silvamare/
posted at 2011/05/03 16:30:27
lastupdate at 2011/05/03 16:55:55
修正
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2011/04/30
重機の運搬車などで思いの外車が進まず、8:40のフェリーにぎりぎり間に合わず、仕方なく10:00の便を待つことに。
港町ブルース
その間、荒れ果てた港町を歩いていると、柴犬を連れたおじいちゃんに出会う。
その柴犬は、流されてしまった家に戻る途中、ひっかかって動けなくなっていたのを連れてきたのだと話す。行方不明の知人の飼い犬だという。
数日前、その犬を連れて湾の向こう側を散歩をしていると犬は急に動かなくなり泣き吠えだした。
仕方なく無理矢理連れて帰ったが、翌日その場所から飼い主の奥さんが遺体で発見されたという。
津波の時は、避難した高台からビデオを回し、2日間写真を撮り続けたという。
そう話すおじいちゃんに、悲しさや悲惨さは全く感じられず、すでに現実を受け止めて復旧復興に向かっている様子だ。
「ボランティアじゃなくても何でもいいからとにかく見に来てほしい!テレビじゃなくて実際の現実を見に来てほしい!」
そう話してくれて少しだけホッとした気がする。
港の立体駐車場で働く女性。津波警報がでてすぐに、1階に止めてあった自分の車に乗り、屋上(4階部分)まで逃げたと話す。
津波はすぐ下3階まで押し寄せ、ぎりぎり助かったが丸2日間取り残され飲まず食わずの状態だったそう。
そんな話をする彼女はやはり笑顔で「見に来てほしい」と話す。
大型船が乗り上げてたり、流されてしまった建物の多い中、港町ブルースの歌碑が傾いてはいるがそこに残っているのが希望の光のようにも見える。
港町ブルース
posted at 2011/05/03 16:23:32
lastupdate at 2011/05/03 16:23:32
修正
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事前に宿泊確保のため、気仙沼から一番近い街一関のビジネスホテルを検索。
当然旅行代理店のサイトが次々現れるが、最大手のジャラ○。ホテルの案内は出るものの、空室情報のページに飛ぼうとすると「現在ありません」となる。直接ホテルに連絡したくとも、直接取引を嫌うのか、番号は掲載されていない。しかたなく別の代理店サイトかホテルのサイトで調べ電話をかけると不通のホテルでも携帯転送とかで連絡がとれる。
ゴールデンウィーク入り口とあって、たくさんのボランティアで満室だが、「当日また電話してみてくれ」と言われる。
過酷な労働と腐敗臭で逃げ帰る人がたくさんいるので、必ず空き部屋が出るのだと言う。
そうは言っても昼間の行動、アクシデント等考えると電話予約などしている時間は無いだろうと考え、仕方なく?離れた場所の東鳴子温泉自炊湯治宿「まるみや旅館」を予約。どっちが目的?といえば「両方!」と答えるしかないでしょう。
堅く考えずに楽しむ所は楽しみながらやる方がいいと思う。
よく、寝袋、テントとか言う人がいるが、被災者気分を味わいに行くんじゃない。こっちに余裕がなければ上手くいくはずないと思う。
そんな現実を目の当たりにしてボランティアが帰ってしまうんだ。お金が無くて仕方がないこともあるとは思うが機動力のあるNPOは彼らのための宿泊や食事は最低限だが確保している。
宿泊は。。。
「まるみや旅館」のおやじさんは自炊湯治宿を経営していながら、同じ湯治場を巡ることを趣味にしていて話が合うのでとても楽しい。いろんな旅館や自炊鍋のバリエーションなど尽きることがない。今回の震災でも「あそこが大丈夫でそこは倒壊した。どこは原発の影響で閑古鳥だ」とか。
夕食は途中のスーパーで材料を買い込んで鍋。
純ちゃんはひたすら総菜のイカフライを抱え込んでいた。
posted at 2011/05/03 16:18:00
lastupdate at 2011/05/03 16:18:00
修正
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2011/04/29
現地のNPO本部キャンプで今後の活動についての打ち合わせ。
廃校の体育館を借り、寄付など集まった物資が山積みされている。
各避難所にある受付窓口は表向き社協、町役場が取り仕切るが、彼等も又同時に被災者なので、はっきり言って機能していない状態だ。
そこに表だって仕切ることが許されていないNPOは駐車場などにレクレーションスペースとしてテントまたはプレハブを建て、被災者の話し相手をしたり心のケアを手伝いながら避難所のニーズを探る。
本部は各避難所のそういったニーズを吸い上げ、どこに何がどれだけ足りないか等を仕分け、各避難所に届ける、非常に効果的だ。
今後彼らと連携することで、どこの避難所でコンサートが望まれるか把握ができると思う。

事始めは、東京おもちゃ美術館が行っている「被災地キャラバン」に合流。
気仙沼 2
彼らはおもちゃ美術館で寄付により集めたおもちゃセットを避難所をまわり、使い方を教え遊び、パフォーマンスもして来るという活動を行っており、その組織力はさすがで、現地の関係者も多く、社協等とも連絡がとれており、友人の多田純也さんと、KOWちゃんが参加している。
2ヶ所を訪れ、最初のお寺では四十九日を終え、お葬式が行われているため、敷地内の離れた場所の物置小屋でおもちゃを広げる。
2時間ほど遊んだ後、締めの部分で参加させてもらい、Yohcoさんと純ちゃん2人で15分ほど子ども達に演奏。おおむね穏やかに進むのだが、やはり恐怖と長びく避難生活からか、突飛な行動にでる子どももいる。無理もない。
次に向かうはとある中学校。体育館が避難所になっていて、なんとその真ん中におもちゃを広げろというのだ。
そこには、寝ている人やテレビで野球観戦しているグループもいる。そんな中で強行突破。70センチ四方のおもちゃ箱を運び込むと、集まってくる子ども達は身を乗り出し目を輝かせながら、口には出さないが「早く開けて!早く開けて!」という勢い。
気仙沼 2
ここの避難所は今朝打ち合わせたNPOがプレハブを出しているので、彼らの強力のもと野外でミニコンサートを行う。中では子ども達が遊んでいる間にこちらはおじいちゃん、おばあちゃん。
数十人が聴きに来てくれたが、表情に明るさがあまりない。楽しんでいのとは違うのだが。
撤収のとき、話しかけてきてくれたおばちゃんがいたのだが、家が見える高台に避難してきた時の様子を話してくれたが、彼らみんながその恐ろしい光景を目にしたのだからこの時期に手放しで楽しめるはずなどある訳がない。
だからこそ演るべきだと思う。
気仙沼 2
posted at 2011/05/03 16:02:04
lastupdate at 2011/05/03 16:02:04
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東北道若柳金成ICを出て東方向。Yohcoさんと純ちゃんを乗せ、気仙沼へと向かう。
穏やかな山間の集落を進み、途中コンビニによると、祭日の朝にしてはたくさんの客、来ている地元の人は子どもからお年寄りまでみんなジャージ、スウェットで、この近くの避難所で暮らしているのだとすぐに気づく。
自分はけっしてオシャレではないジーパンなのだが、よそ者だとすぐにわかる程の違いだ。
テレビや映画でしか見たことのないような自衛隊の特殊車両が増えてきたなと思うと、突然瓦礫の山。
ここまで津波は来たのだと、まるで線を引いたように、はっきりわかる。まだ海も見えない田園地帯なのに。
海が見える場所まで来ると、あまりの酷さに足がすくむ覚悟でいたが、映像の見過ぎか、全くピンと来ない。
慰問のコンサートを開く避難所まで時間があるので、明日大島へ渡るフェリーの予約に向かう。電話が通じていないため、東京での予約が出来なかった。
気仙沼 1
気仙沼の港はまだ捜索が続いててあちらこちらが進入禁止。さんざん迷って市場の奥に入り込んでしまうと、これまで以上に無惨な光景が目に飛び込んでくる。
昔、魚市場でバイトしていた時に三陸産の鮮魚を管理していたため、知っている水産業者者の看板がたくさん。すべて倒壊し流されている。かろうじて前には進めるが、道無き道だ。
警察の捜索隊とすれ違うごとに事の重大さが湧いてくる。
こんなにも酷い状況で僕たちは果たして受け入れてもらえるのだろうか。
気仙沼 1
気仙沼 1
posted at 2011/05/03 15:54:43
lastupdate at 2011/05/03 15:54:43
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